バイト遍歴<番外編>

 1999.05.16

おい、オレと前田忠明とどっちが大切なんだっ!
こんにちは。あなたのやっつです。

さて、今回は、前に少し、やった、バイト遍歴、の、番外編、とでも、言うべき、お話を、する。読点って入れ過ぎると読みづらいんですね。それはともかく。題して「制作だった頃」である。あれは確かオレが大学2年の時、とある先輩からアルバイトを紹介された。そのバイトとは、オレが通っていた学校の学科のコース内のみで代々受け継がれてきているもので、つまり「プロモーションビデオの撮影手伝いバイト」だった。なんで代々受け継がれているかというと、そのコースの卒業者がそのレコード会社(当時はCBSソニー。現SMEですな)のビデオ制作室でディレクターとして働いていたためで、つまり、自分の後輩たちに、自分がディレクションする撮影の手伝いをやらせるわけだ。確かに、そういう世界に興味が無い人間にとっては苦痛な(笑)仕事だし、いつでもある仕事じゃないからフリーター向きではなく、かといって学生はいずれ卒業する訳だから、どんどん後継者を作る必要がある。というわけで(というわけかどうかは知らないが)、映画学科の学生にずっとやらせるわけである。で、一年上の反田さんという人を紹介され、あ、反田さんお元気ですか、その反田さんに教わるようにして最初に向かった仕事が、種ともこの「ダイエット・ゴーゴー」のビデオ撮りであった。これは、全編ブルーバックでの撮影後、バックにアニメーションを合成するもので、種ともこのシーンはたいしてすることが無かったが、多人数のチアガールどもを踊らせるシーンでは、1テイクごとに、大量のポンポンから舞い落ちるゴミをほうきで払うのに苦労した覚えがある。また、この時にやたら妙ちくりんな踊りを自信満々に振り付けしていた女性は今思うと、当時まだそれほど有名ではなかった南流石さんだったような気がする。で、無事撮影が終了し、帰りのタクシーの中でオレは反田さんにこう聞いたのを覚えている。「この仕事って楽しいですか?僕は全然楽しくないんですけど」。その時反田さんがなんて答えたかは忘れてしまったけど、その時たしかにオレは「もうこんなバイトごめんだなぁ」と思っていたのである。基本的に座ることの出来ない立ち仕事であること、気配りが誰よりも必要であること、とにかく人がいやがることを進んでやらなければいけないこと、よくよく考えれば「サービス業では当たり前のこと」なんだけど(笑)、ああいう華やかな世界の中でそういう職種があるということを知らなかったんだねぇ。しかし、その後も、ソニーに限らず反田さんからの紹介で話がある度に、なんとなくその手のバイトを引き受けてしまっていた。金が欲しかったからねぇ。X、爆風スランプ、かの香織、森高千里、JUG TOY(今もやってるのかな、この方々は(笑))とか、いろいろ行ったです。ただ、いろいろやっていく中で、自分に足りなかった部分(気配りとか、声を出すとか、俊敏に動くとかね(笑))が少しずつ解ってきて、そういう意味ではいい社会勉強になったのかなと。ただ、自分がこういう道に進んでいいものか、という悩みは解決されていなかった。しかも、自分が大学に入った動機は「CM業界に行きたい」ということのみだったから、プロモの世界で働くというのは考えにくかったし。そして、そこへある意味オレのその後を決定するアルバイトが舞い込んできた。THE BOOMというバンドのツアーに同行してカメラマンの手伝いをせよ、というもので日程は4日間。これを読んでいるあなたは、どうしてBOOMのカメラマンの手伝いを学生がせにゃならんのか解らないでしょう。当時まだ島唄をヒットさせる以前のBOOMはツアーの全会場の場面を盛り込むビデオを製作中で、このビデオ用の映像をスチールカメラマンの軍司さんが、あ、軍司さんお元気ですか、担当しており、つまりスチールも撮ってビデオも撮ってじゃ、大変だからということで、学生アルバイトが同行してビデオは撮ろうと。それぐらい予算がなかったんですね、逆に言えば。で、日光やら今市やらを巡って、打ち上げは楽しいし、オフの日はギター以外のメンバーは釣りをやるので一緒に行って河原で寝たりして楽しく過ごしたんですが、ある日の夕食、スタッフ全員で寿司を食いながらのこと。前回食えないものを羅列した通り、寿司も苦手分野で、カメラマンの軍司さんが「ごめん、やっちゃん寿司食えないよな~!」と気を使ってくれたんですが、オレは「いえ、イカとタコは大丈夫ですから」って答えた瞬間、すかさずそれを横で聞いてた宮沢さん(ボーカルのね)が、「ホラ、食えよ」って言いながらどんどんイカをオレの皿に取ってくれた時はちょこっと感動したね。あ、宮沢さんお元気ですか(笑)。それで、宮沢さんが「君、将来なにやりたいの」っていうから、「プロミュージシャンになりたいです」(爆笑)と、半分冗談半分本気で答えたら、宮沢さんは一言「この世界はな、義理と人情と人の縁だぞ」と。これはよく覚えてます。そして、4日間が終わり、軍司さんと乗った帰りのタクシーの中で、やはり将来の仕事の話になり、自分がCMをやりたい為に大学に入ったことを話すと、軍司さんはなんと「CMの制作会社に知ってる人いるから紹介してあげる」と言うではないですか。おお!!それこそまさに宮沢さんに言われた「人の縁」ってことじゃないすか。なんてことがきっかけで、CM制作会社にアルバイトとして採用になり、卒業後もそこで働いたというわけです。宮沢さんいいこと言うなぁ。で、教訓。「芸能界に限らず、義理と人情と人の縁は大事」。卒業後の話は・・・ま、気が向いたらってことで。