親切な一族

 1998.06.05

世の中には親切な人がいるものである。
な~んて言うと、これを読んでるあなたは、オレが延々自分がいかに親切かを書くと思ってるでしょ。その気持ちは分からないでもないが、そんなオレもびっくりの、親切な人ならぬ、「親切な一族」の話だ。

これはさかのぼること3年ほど前になりますか。今の会社に入ってしばらくしてからだから、95年のお話なんだけど、オレはある土曜日、自分のバイクのオイル交換をショップでしてもらって、家に帰る途中だったんだね。夕暮れ時で、うす暗いなかをやっつ青年は蓮田市の県道をバイクで走っておりました。あの、夕暮れ時って、オレ少し鳥目気味なんで、すごく視界が悪くなるんだけど、やっちゃいました。転倒事故を。緩めのコーナーを過ぎて直線部分、「さあ、アクセル開けちゃうもんね~」ってんで、時速80kmで、さらに加速しようとした瞬間。前方50mほどの横断歩道をよろよろと お婆さんが自転車を押しながら渡っているじゃありませんか。「しまった~~~」急ブレーキで必死にバイクのスピードを殺すものの、なにしろ出てるスピードがスピードなんで、簡単には止まれませんわな。お婆さんはなんとか轢かずに済んだけど、ハンドルが、まるで誰かが掴んで揺さぶっているようにグワグワ~ンと左右に振られ、それをコントロール出来るわけもなく、オレはバイクを手放しました。次の瞬間オレが見たものは、まず被っていたフルフェイスのヘルメットの顎部分が地面にこすれて飛び散る火花(笑)。そしてその火花の向こうに、オレのバイクが横たわりながらも慣性に逆らえずグルグル回りながら滑っていく光景でした。つまり、オレはうつ伏せに地面に叩きつけられたんだね。しかもここでどうやら膝から落ちたようで、膝以外はお腹を少々こすっただけだったようだ。そのときの服装はというと、上半身は、衝撃吸収パッドの入ったブルゾンだったんで、肩とか肘は守られ無事。ただその下に着ていたのがサマーセーターっぽいのを1枚だけだったんで、露出したお腹をアスファルトにこすっちゃったらしい。下半身はGパンだったから、衝撃がモロに来た。しかも、膝なんて厄介なところを左右両方とも強打していた。しかし、その瞬間のオレの頭の中ではある1点だけ、「お婆さん大丈夫か?!」ってことしか考えてないから、そんな傷ついた自分の体もバイクもそっちのけでお婆さんに駆け寄り、「大丈夫ですか!!」と聞いていた。幸い轢いたわけではないから、ケガはしていないはずだと思ったけど、精神的なショックはあっただろうと思う。お婆さんは「大丈夫、大丈夫」と言っているが、こういう時は誰でも動揺しているため痛みなどはあまり感じないものだ。オレもだけど。そうこうしているうちに、年は30代後半かな、というぐらいの若めの男性が現れて、バイクを起こすのを手伝ってくれた。その時すでに、オレの転倒したバイクが邪魔で、7~8台のクルマが渋滞していた。そのクルマを尻目にこの男性は「こういう状況で、(クルマを)降りてきて手伝わないなんて、薄情なやつらだね」とオレに言ってくれた。嬉し泣きしそうになる(笑)。男性はとりあえず自分の家に上がれ、と言うので、お言葉に甘えることにした。お婆さんは一旦家に帰り、オレは男性の家にお邪魔して、お腹や膝のこすり傷を手当てしてもらった。嬉し泣きしそうになる(2回目)。男性はNさんという人で、奥さん、娘、そして親御さんとの同居家族だった。はっきり言ってこの時のオレは「招かれざる客」(だって、いきなり、汚い格好したバイク乗りが腹や膝から流血して、あなたの家にずかずか上がってきたら迷惑しちゃうでしょ?)であったはずなのに、奥さんも娘もそれほど迷惑した顔は見せなかった。しばらくして、被害者であるお婆さんが、旦那さんのお爺さんを伴ってやってきた。とりあえず、後で問題が起こるといけないから警察を呼ぼうというので、オレも同意する。任意保険にも対人無制限で加入しているので、そのほうが良いとオレも思った。平身低頭で謝り続けながら、よくよく話を聞くと、このお婆さん夫婦もNさんといい、つまりこの人たちは親戚の間柄なのであった。だから家も目と鼻の先の近所なのである。警察が到着し、事情を話す。無傷の被害者と傷だらけの加害者という、変な状況で警官も苦笑ぎみに「救急車を呼ぼうか?」とか言ってくれたが、今更、運ばれるのもイヤなので断った。Nさんの家に戻り、壊れたバイクを動かせるかどうか試したが、まともに動きそうもないのがわかると、なんとこのNさん、バイクを預かってくれるという。嬉し泣きしそうになる(3回目)。しょうがないので、父親に迎えに来てもらうことにして、昔ながらのダイヤル黒電話にびっくりしながら、親父にTEL。ここで、気の利かないオレはお礼のお菓子を1個しか頼まなかった。本来なら2家族ぶん頼むべきだったのだが。親父が到着するまでの間、Nさん家族、Nさんの母親、Nさん老夫婦のみんなでいろいろな世間話をした。お婆さんはお爺さんに「この人はすぐ飛んできてくれて、私の心配をしてくれたんだよ」とか言って、危うく大怪我させられそうになったのに、オレのことを全然恨んでない様子だし、お爺さんはお爺さんで「これも何かの縁だから、これからも家に遊びに来てくれ」とか、もう訳分からないことを言い出す始末で、んで、やっぱり嬉し泣きしそうになる(4回目)。だってここまで心の広い人たちっていないよ、絶対。そうこうするうちに、うちの親父到着。電話で、轢きそうになったっていう状況だけは伝えてあったから、親父としては、なんでそんなに和気あいあいとした雰囲気になっているのか分からず、戸惑ったと後で語っていた。そりゃそうだよな。で、親父ともども謝りまくって&お礼を言いまくって、この日はNさん宅をあとにした。共通の感想は「轢きそうになった人があの人で、本当に運が良かったな」(笑)。確かに普通なら、「おう、うちのやつにひどいことしてくれたな」とか怒られたり、「精神的ショックがぬぐえないから金よこせ」とかすごまれても文句を言えない状況だったと思うし。さて、明けて翌日の日曜日。バイクショップに引き取りを依頼して、オレも彼女(現在のカミさんですが)のクルマに乗せてもらい、Nさん宅へ。その日はNさんの母親しか家にいなかったんだけど、この人もいい人で、ただバイク引っ張り出してショップのトラックに乗せるだけなのに、わざわざコーヒーを、オレ、彼女、ショップの人の3人分出してくれたのには本当に参った。しつこいようですが、オレは加害者なんですよ。3世代に渡って超親切な一族! Nさんの娘さんもこの調子で親切に育ってくれると嬉しいな。ちなみに、オレはこの事故で膝を痛めて(診察の結果打撲でした)、リハビリに通ったけど、やっぱり冬とかになると痛くてさ。あと正座とかあぐらが痛くて出来なくて、「もう一生、膝痛いままなのかな」とか、あきらめモードだったんだけど、去年ぐらいからそれほど痛まなくなってきたので、ジョギングとかやってみたら、大丈夫そうなんだよね。で、調子に乗って、というよりは単純に膝の痛みが解消したのがすごく嬉しくて、去年出場したハーフマラソンは、その膝の完治を確認したかった意味合いもあったんだよね。21キロ走って(いや、半分は歩いたんだけどさ)、膝に激痛が来なかったらオレの足は治ってる!と思いたくて。結局21キロ通して、膝の痛みはやって来なかったから、一人で感動してたな。スポーツ嫌いで走ったりしなかったくせに、走ったり跳ねたり出来るだけで、こんなに感動できるとは思ってませんでしたよ。あなたもオレと一緒に走りませんかっ!(笑)