エマージェンシー・イニシャライズ

邦題:地獄のマッキントッシュ

 1998.10.11

サザンの「海のYEAH!」って海の家にひっかけてんのね。オレ、今日気づいたよ。というわけで。MACを無理矢理直したんで、なんとなくハードボイルド・アクションタッチで書いてみたんで、丸暗記しましょう。夏休みを征する者は受験を征すのです。

- 強行手段 -

Yはいらついていた。自宅で、対人接近戦シミュレートに使用しているコンピュータ、愛称「ネルソン少佐」が、近ごろ起動も出来ない程くたびれていたからだ。来る日も来る日も「ネルソン少佐」の修理に明け暮れたが、やればやるほど、調子が悪くなっていった。「くそっ!」Yは何も言わないマシンを罵倒し、夜の街に出た。

蜜を吸う蝶を誘うかのように派手な電飾をキラキラさせて、客を待ち構える店。Yは日本にやってきてから、その悪趣味で無計画なこの国のネオンサインを嫌っていたが、ふと英語で綴ってある看板を見て入りたくなった。「L、A、O、X・・Lady Ass Oral・・X・・」Yは何故か性的な単語を思いつくまま頭に思い描いてしまい、気づいた時には店内に足を踏み入れてしまっていた。

1Fはどうやら普通の電機店を装っているらしかった。Yは落ち着いた面持ちで女性の店員に尋ねた。「ここって会員制?」。店員は、この人なにを言ってるの?、とでも言いたげな顔をして「は? いえっ どなたでも大丈夫ですよ」と答えた。Yは一瞬、怪しまれないようにワイシャツにネクタイをしてサラリーマン風を装った自分のスタイルが、実はどうしようもなく似合っていなくて、店員がYの正体を見抜いてしまったのでは、と勘ぐったがしばらく様子を見るべきだと思った。「じゃ、オレを楽しませてくれるのは、どこなんだい?」。この質問は失敗だった。女性店員は顔を紅潮させ、今にも上司に言いつけるぞというような鋭い目つきに変わり、そのまま、さっきから痒い痒いと思っていた足のすねを掻こうと、お辞儀をするような体勢で体を折り曲げたその時。「ブシュッ」と鈍い音をたてて自作マルシン改S&Wもどきサイレンサー付が白煙をあげた。Yにはその女性店員の動作が非常ボタンを押すように見えたのだった。Yは周りをよく見ないで銃を取り出すというような馬鹿な真似はしない。咄嗟に店内をぐるりと見回し、ある店員は在庫の確認、もう一人の店員がカタログ整理にそれぞれ夢中になっているのを確認済みだった。銃をしまった後同じように見ると、やはり二人の店員は先ほどと同じ体勢で、こちらの様子には全く気づいていなかった。Yは店内の奥に2Fへ上がれる階段を見つけると、なるべく足音をたてないように駆け上がった。

2Fはコンピュータショップを装っていた。通路では、誰もプレーしてくれなくてヒマそうにしているTVゲーム機がデモ画面を垂れ流している。何げなく画面に目をやったYはそこに浮き上がった3D仕立てのタイトルに注視した。

「エマージェンシー イニシャライズ(緊急初期化)」

 何かがYの頭の中で、音をたてて弾けた瞬間だった。Yはそのままコンピュータソフトの陳列棚に突進すると、「ネルソン少佐」を修復できそうなソフトを急いで探しはじめた。もうこの店が会員制の風俗店であるか否かはどうでもよかった。「ネルソン少佐」を初期化してついでにOSを入れ替えれば、また今までどおり使えるということに気づいたYは必死にソフトを探した。まず、Yは「Drive7」を手にした。フォーマッターという種類のソフトで、本来は外づけのディスクを使用する時に必須のものだが、念のためかごに入れた。そしてもうひとつ、「MacOS 8.1J」というパッケージを手にとった。「ネルソン少佐」をYに譲ってくれた、Yの元上司が、くさや原液の強奪に失敗し南海の孤島で悲劇の死を遂げる直前に、「昔は漢字TALKというわけの分からない名前のついたOSだったんだが今はMacOSと呼ぶんだ・・」とYにレクチャーしてくれたのをYはおぼろげながら思い出していた。その当時は画面に皆目見当のつかない漢字がずらずらと並んでいたので、Yはその漢字を読み上げてくれる便利なマシンだと勘違いしていたが、今ではYも漢字に慣れてきて、そんな間違いは犯さなくなっていた。Yは二つのパッケージの価格を合計しながら、自分の尻のポケットに突っ込んだウオレットの中身と前ポケットの小銭を足してもその価格に届かないことを承知しつつ、レジへ向かった。Yは初めて使う、本名とは全く違う名前が刻印された、クレジットカードを差し出した。Yは自分の本名が分かる物は何一つ持ち合わせていない。すべて偽造である。運転免許からパスポートに至るまで別人の名前であるし、郵便物も私書箱あてで届く。店員が「お支払い回数は?」と尋ねてきた。Yが回数を言ったらすぐに入力できるよう、レジスターのキーの上で右手を止めたまま。Yはその手が自分に向けられたのではなく、レジスターへ向けられているのを注意深く確認した後、「一応、2回で」と静かに答えた。「こちらにサインをお願いします」とカード伝票を出してきたところで、Yは重大なミスに気づいた。裏面のサインを練習していなかったのである。ローマ字ではMASAO KAWAGOEとなっていたが、裏面のサインが英文なのか、漢字なのか。漢字だとしたら正男か正夫か・・。Yはうろたえたが、これ以上黙っていては店員に不審がられる。最初に英文を書いてみれば、もし違っていたとしても、「あっ 漢字でしたか、失敬」などと言い訳できるが、いきなり漢字を間違ってはアウトだ。そうYは判断して、すらすらと英文でサインを終えた。店員は、Yの書いたサインがード裏面のサインと同一かどうかを確認せず、返してよこしたので、Yはひどく拍子抜けしながら商品を受け取った。「このツツモタセがっ!」Yはよく意味を理解していない日本語を発しながら、店員の頭を小突いて、店を出た。店から200mほど離れただろうか、やっとパトカーが店に到着したような様子だったが、Yは無事自宅にたどりついた。

- 長期決戦 -

Yはパチンコ店が社員寮として借り上げているアパートの一室にもぐりこんでいる。連絡等は専用線による電子メールで行い、普通の電話は使っていない。一度、気晴らしにこの住民の後をついていきパチンコを試したことがあったが、お金を入れる場所を誤って隣の台に球を流し込んで以来、そういうことはやめていた。Yは帰ってくると早速、「ネルソン少佐」の復旧作業を始めた。まず、大切なファイル(偵察レポート、無線傍受記録などもこれに含まれる)をZIPドライブと呼ばれるディスクに移すため、CD-ROMからの起動を試みた。非常にのろいながらも、「ネルソン少佐」は1週間ぶりにディスプレイを発光させた。緊急のメールが届いていないか気がかりであったが、溜っていたのは、「戦闘員さん、いらっしゃい」という少々ふざけたタイトルのメーリングリストだけであった。SWATやゲリラの奴らが国境や立場を超えて盛んに戦闘技術を語り合う、一風変わった微笑ましいメーリングリストだ。Yは、バックアップを終えると「ネルソン少佐」のハードディスクを初期化にとりかかった。「初期化しますか? 初期化をするとすべてのデータが失われます はい(Y)/いいえ(N)」というメッセージが表示される。Yは本当に大丈夫か今までの作業を思い出しながら、元上司に教わった、「迷った時は同時押し」の法則に従って、YキーとNキーを同時に押した。しかしながら、コンマ何秒かの差でYキーのほうが早かったようで、「ネルソン少佐」はハードディスクの初期化をしはじめた。Yはハードディスクのパーティションを作成した。350MBのディスクをいくつかに切り分けるのだ。Yはウエッブブラウザのキャッシュ用に50MBをとり、残り300MBをメインに使用することにした。MacOS8.1Jをインストールするだけで100MB以上消費するが、システムの安定のためにはいかんともしがたいことであった。

OSのインストールが完了し、バックアップデータを「ネルソン少佐」に戻す頃、時計は朝の5時を過ぎていた。眠い目をこすりながらYはメールを書き始めた。「お疲れさまです。Yです。昨日はコンパに誘っていただいたのにご一緒出来なくて申し訳ありませんでした。うちのマシンはやっと直ったので、もう大丈夫です。来週はゴルフですね!楽しみにしてます。 Yより」インターネットではどこでメールを盗まれるか分からない。だからYは上司との連絡にこのような普通の文面でやりとりをしていた。コンパとは要人暗殺を示す隠語で、攻撃対象などは郵便で知らせ、メールでは時間を会費に置き換えて知らせていた。たとえば会費は1500円です。と書いてあれば15時00分に殺れ、という意味である。ゴルフとは、1台のクルマに乗り合わせてゲリラ攻撃をする場合の隠語だ。時間と待ち合わせ場所だけ分かれば良いからだ。Yは簡潔にメールを書き上げて、上司あてに送信した。

猛烈な眠さでついキーボードに突っ伏して寝込んでしまったYを起こしたのは、メールの着信を知らせるメールソフトのビープ音であった。Yは寝ぼけまなこのまま、着信したメールを目で追った。メールは唐突な文面で始まっていた。「そのゴルフですが、僕のは赤いゴルフです。場所は変更になって、6日の午前3時に砧公園です。僕もサバイバルゲームって初めてなんで(^_^;;楽しみです。では、もうすぐテレホタイムが終わってしまうので(^_^;;短いですが終わりにします ではでは(^_^)/~」Yはメールを読んでいる途中で体が震えているのに気付き、そしてそんな自分に驚いていた。そのメールが(Yにとっては)それほど凄まじい内容だったことは言うまでもない。「赤いゴルフとは、、、血の色だな。相当の犠牲者が出る闘いになるのか。サバイバルゲームと言うぐらいだから、生き残りをかけた熾烈な闘いを意味してるのだろう。」Yの解読は軽快に進んだ。同時にYは、フェイスマークを使うことで、Yが感じるであろう畏怖の念を和らげようとしてくれている上司の思いやりを嬉しく感じていた。

「テレホタイムが終わってしまう、、何が終わるんだ?まさか、、」

「短いですが終わりにします、、上司は自分の死期が近いと言っているのか?それがテレホタイムが終わってしまうということなのか?」

これで(Yの頭の中では)メールの全貌が解読できた。メールの最後の「(^_^)/~」をじっと見つめると不覚にもYは涙をこぼしてしまっていた。しかし、すぐに「こんな涙を流しても上司は喜ぶはずは無いのだ」と思い直し、6日の早朝、砧公園に集結し上司が「サバイバルゲーム」と表現した決戦で、マシンガンと手榴弾を敵に浴びせる場面を夢見ながら深い眠りについた。