マサオ

 1998.09.06

まだカミさんが入院中のある日、我が家のポストにタテ80mmヨコ55mm程度の郵便物ではない紙切れが入っていた。いわゆる「ポスティング」と呼ばれる広告展開である。 宅配ピザ業者などがよくやっているアレだ。一応、そういったものは興味があるので大体目を通しているが、こいつばっかりは 「目を通す」程度では済まなかった。表面には「あなたの町の信頼の便利屋です」というコピーと共に、猫が受話器を持ってもしもし、とやっているイラストが描かれ、その下はスペースが空いており、各業者がそれぞれ、自分の店名なり電話番号なりを書き込めるようなつくり。そして、その業者名のところは、「便利屋 マサオ」という名前と、住所、氏名、電話番号が書かれている。便利屋マサオ。すごくいい響きだ(笑)。氏名は「中山正男」となっているから正真正銘マサオさんがやっている便利屋だから「便利屋マサオ」なのである。もうこれを見た瞬間、オレの思考回路の中では「便利屋といえばマサオ。マサオといえば便利屋」ぐらいの認識が刷り込まれ、それがもう常識となって揺るがないものにさえなってしまっていた。だが、待てよ。便利屋といっても、「おう、マサオよー、ちっと金持って来いや~~」「はい、持ってきました」「ありがとよ、マサオってホント便利だよな~」っていう、違う意味での便利屋だったらどうしよう。裏面の案内を見てみようじゃないか。営業案内みたいなものが書かれているかもしれない。案の定、裏面にはこう書かれていた。手書きで、「こんな事もやります。 草刈・除草・樹木のバッサイなど 見積無料」(原文ママ)。ん~、草刈りと除草と樹木の伐採ね~、全部同じだろっ!!というツッコミはさておいて、これを手書きで書いているということは、つまり、廻る家庭ごとに文面を変えていると思われる。うちは確かに狭い花壇があるのに、はっきり言って草ボウボウ状態。だから、草刈やってあげるよ、と書いているのだろう。もし、うちの花壇がちゃんと手入れされていたなら、違う文面になっていたんだろう。お客の様々なニーズに合わせて、柔軟にサービスを変える、素晴らしい営業形態である。まだまだマサオの快進撃は続く。そのすぐ下には、これは手書きではなくゴム印で、

マ 真心をこめた
サ サービス・安心と信頼を
オ お届けします。

となっている。いっちょまえにキャッチコピーなんてものを考えているのだ。気持ち、サの行が字余りな気もするが、ここはわざわざゴム印まで作っている意気込みを買ってあげたい。そのすぐ下には表面にもあった、便利屋~から電話番号までの一式(この部分もワンセットでゴム印になっていると思う)に加えて○の中にケを入れ、つまり携帯電話のケだと思うんだが、020-~~ という番号を手で書き加えてから、最後に「へまず電話」で締めくくっている。マサオ。自分の名前を堂々とブランド化してしまうマサオ。熱心に各家庭に合わせたポスティングをするマメなマサオ。携帯電話なんていうハイテク機器を使いこなして仕事をバリバリやるマサオ・・・。すごく会いたい。どんなオッサンなんだろう。便利屋マサオとは。そう思ってオレは、わざと、玄関の靴箱のところに放置しておいた。そこは、例えば、水道屋や電気屋が置いていく紙切れやらを置いておき、カミさんがそれぞれ必要に応じて処分するなり、保存するなり、という手続きをとるスペースになっているので、これは絶対カミさんに見せなきゃいけないな、と思ったオレはそこに放置しておいたのである。案の定、家に戻ってきたカミさんが大喜びで「ねえねえ、何これ~!」と騒いだのは言うまでもない。そのうちきっと便利屋マサオに仕事を頼む日が来ると思うので、もし会ったらまたこの場で報告したいと思う。